日本男子バレーの父逝く

2012年1月5日

ミュンヘンオリンピック男子バレー日本金メダル監督の松平康隆さんが死去。
日本男子バレーをトップに押し上げたのは間違いなく松平さんでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。


ミュンヘンオリンピックはたしか72年ですから当時私は小学3年生ですか。
その頃はまだバレーがしたいとかは思ってなかったですね。
ただ毎週日曜だったかの『ミュンヘンへの道』はかかさず見ていた。

練習風景とかが実写で出てました。
今でも記憶にあるのが、ボールを袋に入れてそれを長いロープにつないでグルグルとまわす。
それを190cm以上の大男が軽々と跳び越えるという練習。

あれは俊敏性を鍛えたり、フライングレシーブなんかのトレーニングだったんでしょうね。
子供心に「すごい!」と刻まれましたね。そしてストーリー通りミュンヘンで金メダル。
母親の強い勧め(苦笑)もあって、中学に上がるころにはバレーをすることに決めていました。
まだ背は伸びると思っていたので、小6の頃にはオリンピックに出るなんて大それたことを考えてましたね 笑

オリンピック後、バレーの解説はほとんど松平さん、なるほどなあと勉強になりました。
中学時代私が師と仰いでいたキューバのマルチネスのことを「ショウキ様のような男」とか言ってました。
懐かしいものです。

時間差攻撃、Aクイック、Bクイック、近代バレーの元は松平さんが作ったと言ってもいいのではないでしょうか。ただ高いだけではだめ、大男たちがアクロバティックな動きができる。
世界で勝つにはそれがすべてなんでしょうね。

猫田さん、南さん、中村祐造さん、そして松平さん、私がバレーをしていた頃の人がいなくなることはさびしいことです。

ミュンヘン金メダル



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